2022年11月の過去ログ
自由に行かせてあげることと抱き留めてあげること
2022年11月1日
東福岡幼稚園理事 松見 俊
私たち(私と配偶者)には、三人の子どもたちと五人の孫たちがいます。それぞれ個性的です。子育てを考えるとほとんど失敗と思えることばかりで、ああすれば良かった、こうすれば良かったと思っています。その失敗談?を裏打ちにしながら、「子育て」についてこのコラム欄で少しずつ紹介したいと考えています。
幼児教育あるいは教育全般への情熱と造詣で名高いスイスに4年半留学していました。ドイツ語圏のチューリッヒ中央駅から100メートルくらいバンホーフシュトラーセ(中央駅通り)を往くと右手に教育者ペスタロッチの銅像があります。同じスイスのフランス語圏の都市であるジュネーヴ生まれの有名なルソーの教育を継承した人です。彼らのいわゆる「自然教育」論と私の考えとは違う処もあるのですが、それらはまた別の機会にお話しましょう。
また、一年間ほど米国ヴァージニア州リッチモンドの神学院でも学ぶ機会がありました。英米の教育論、発達心理学の本も幾つか読みました。私の教育(保護者が子どもたちを一方的に「教育」するのではないので、親も親として子どもたちと一緒に育まれ、育んでいくことが重要ですから、「共育」という言葉が良いのですが)の経験と発達心理学の少々の学びと、専門分野であるキリスト教神学の知見を組み合わせて折々に子育てについてお話するつもりです。
ロバート・キーガンという人が『展開する(evolving)自我 人間的発達における問題とプロセス』という本を書いています。(英文、1982年)人は生涯にわたって成長していくのですが、乳幼児は幾つかの「段階」を経て成長していくと言います。最初の段階を「環境・保護者と自分との区別ができない合体的自我」(incorporative Self)、次の段階を「衝動的自我」(impulsive self)、そして、第三段階を「皇帝的、私が王様的自我」(imperial Self)、第四段階を「人格相互間的自我」(Interpersonal Self)と名づけています。これらは乳幼児ではなく、親である私のことだ!と思われたり、今の自分たちの子だ!と思われるでしょう。今回は、その子(人)のやりたいようにしてあげること(Letting go)と抱き留め・保護してあげること(Holding on)の仕方が大切であることを知りましょう。私の失敗は、抱き留めてあげるべき時に突き放し、自由にさせてあげるべきときに過干渉にしなかったかということです。 (次号に続きます)
執筆者の紹介
「子育て・あのね」では東福岡幼稚園に関わる方々による教育コラムを載せていきたいと思います。
執筆者
松見 俊
東福岡幼稚園の理事であり、バプテスト東福岡教会の協力牧師です。
西南学院大学神学部の教授として働かれ2018年に定年退職されました。
小栗 正裕
東福岡幼稚園の元理事長であり、現在は参与として幼稚園に関わっています。
現在、福岡女学院大学人間関係学部子ども発達学科の准教授として働かれています。
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